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導入
映画『教皇選挙(Conclave)』をご覧になったでしょうか。すべてをひっくり返すような衝撃のラスト、緻密な心理戦、そしてレイフ・ファインズ演じるローレンス枢機卿の苦悩……。見終わった後、誰かと語り合いたくなる傑作です。
しかし、この映画の凄みは、派手なドンデン返しだけではありません。 一見すると「意味深だけど、説明されないまま終わったシーン」にこそ、監督や脚本家が込めた強烈なメッセージが隠されています。
- 主人公が飲み続けていた「緑の薬」は何だったのか?
- 中庭でひっくり返っていた「亀」は何のメタファーか?
- シスター・アグネスはなぜ真実に気づけたのか?
本記事では、物語の核心ではないものの、作品のテーマを深く理解する上で欠かせない「3つの象徴」について、独自の視点も交えながら徹底考察します。これを知れば、もう一度映画を観たくなること間違いなしです。
⚠️【ネタバレ注意】 本記事には映画『教皇選挙』の結末を含む重大なネタバレが含まれています。鑑賞後にお読みいただくことを強く推奨します。
主人公が飲み続けた「緑の薬」の正体
皆様は映画内で主人公のローレンス枢機卿(カメルレンゴ)が、カバンから取り出した緑の溶液を覚えているでしょうか。水で流し込む「緑のカプセル」。 この薬について作中で具体的な説明はありませんが、彼の置かれた状況と心理描写から、その正体と意味が見えてきます。
精神安定剤、あるいは「信仰の限界」
結論から言えば、あの薬は強い精神安定剤(または睡眠導入剤)である可能性が高いでしょう。
ローレンスは物語の序盤、「もう祈ることができない(祈っても心の平安が得られない)」と吐露しています。本来、聖職者であれば苦難の時こそ神に祈り、救いを求めるはずです。しかし、彼はすでに「信仰の危機(Crisis of Faith)」に陥っており、神ではなく「科学(化学物質)」に頼らざるを得ないほど追い詰められています。
私は信仰の揺らぎを表している様に感じました。
これは、彼が抱える現代的なストレスの象徴です。 彼は高潔な枢機卿ですが、同時に「教皇選挙」という巨大な政治イベントを取り仕切る「中間管理職」でもあります。 なりたくもないリーダー役を押し付けられ、リベラルと保守の醜い争いを仲裁し、さらには友人の裏切りや汚職の証拠まで見つけてしまう。
「知りすぎた者」の自責の念
個人的な考察ですが、あの薬を飲むタイミングは、彼が「見てはいけないものを見てしまった時」や「知ってはいけない情報を知ってしまった時」に多いように感じました。
選挙の公平性を守る審判役でありながら、彼は探偵のように候補者のスキャンダルを暴いてしまいます。 「私は中立であるべきなのに、情報を操作しているのではないか?」 「友人を勝たせるために、職権を乱用しているのではないか?」彼は常に「疑念」を抱き続けていた人物でした。
あの緑の薬は、そんな強烈な自責の念(罪悪感)を麻痺させ、無理やり職務を全うするための「燃料」だったのではないでしょうか。
先代教皇との対比
ここで注目したいのが、亡くなった先代教皇との対比です。 先代教皇は死の間際、薬を飲むことを拒否し、自然な死を受け入れたような描写がありました。一方で、ローレンスは苦しみながらも薬を飲み続け、現実にしがみついています。
これはローレンスの「呪いのような責任感」を表しています。 彼は逃げ出したいのに、薬で体を動かしてでも「正しい教皇を選ばなければならない」という使命に縛られているのです。あの小さな緑のカプセルには、聖職者の高潔さと、人間としての弱さが凝縮されています。
中庭の「亀」が表すシンボルとは?
映画の終盤、殺伐とした選挙戦の合間に、中庭で一匹の亀が登場します。 ひっくり返って起き上がれない亀を、ローレンスが助け、水路(水場)へと放してやるシーン。 非常に印象的ですが、なぜここで「亀」なのでしょうか?
硬い甲羅=バチカン(コンクラーベ)
亀の最大の特徴は、身を守るための「硬い甲羅」です。 この甲羅は、凝り固まった固定観念やしきたりあるいは「コンクラーベ(鍵のかかった部屋)」という閉鎖的なシステムを象徴していると考えられます。
甲羅は外敵から身を守ってくれますが、一度ひっくり返れば、自力では起き上がれず、そのまま死んでしまう「牢獄」にもなります。 伝統と格式に守られたカトリック教会もまた、時代の変化に対応できず、硬直して身動きが取れなくなっている状態(ひっくり返った亀)だったのではないでしょうか。
水への解放=「男性性」からの解放
ローレンスは亀を、硬い石畳の上から、流れる「水」の中へと放ちました。 これは非常に示唆的な演出です。
陸(石)が不変の教義や伝統を表すなら、水は「変化」や「流動性」を表します。 そしてもう一つ、大胆な考察をするならば、これは「男性的な権威からの解放」というメタファーかもしれません。
亀の頭部は、古くから多くの文化圏で「男性器(男根)」の象徴とされてきました。 カトリック教会は、男性しか聖職につけない完全なる男社会です。その象徴である亀を、ローレンスが水(母性や浄化の象徴とされることが多い)に解き放つ。
これは、ラストシーンで「女性(的要素を持つベニテス)」が教皇に選ばれる結末へ繋がります。 硬い甲羅(男社会の理屈)から解き放たれ、自由な水の中へ帰っていく亀。それは、新しい教皇によって教会が「あるべき自然な姿」に戻っていくことを予言していたのかもしれません。
物語の裏MVP「シスター・アグネス」の役割
この映画で、枢機卿たち以上に強烈な印象を残すのが、シスター・アグネスです。 彼女たち修道女(シスター)は、選挙期間中、枢機卿たちの食事を作り、配膳し、掃除をする「裏方」に徹しています。
「透明人間」としてのシスター
男性である枢機卿たちは、シスターをまるで「便利な家具」か「自動配膳ロボット」かのように扱い、彼女たちの前で平気で密談し、陰口を叩き、悪事を働きます。 「女には政治の話など分からないだろう」「女は我々の会話など聞いていないだろう」 そんな男性社会特有の傲慢さが、画面の端々から滲み出ています。
しかし、それが彼らの命取りでした。
最強のパンチライン「目と耳」
物語の転換点、シスター・アグネスはローレンスに対し、不正の証拠となる決定的な情報をもたらします。 その際に彼女が放ったセリフこそ、本作の裏テーマを象徴する名言です。
「神は私たち(女性)にも、目と耳を与えてくださいました」
彼女たちは「透明人間」扱いされていたからこそ、誰よりも近くで真実を目撃(ウォッチ)できていたのです。 権力欲にまみれた男たちが、お互いの足の引っ張り合いに夢中になっている間、沈黙を守っていたシスターだけが、神の意志に近い場所で事の顛末を見つめていた。
彼女のこの行動がなければ、腐敗したトランブレイ枢機卿が教皇になっていたかもしれません。 そう考えると、この映画の真の英雄(MVP)は、ローレンスでもベニテスでもなく、「沈黙を破った女性」シスター・アグネスだったと言えるでしょう。
その他の細かい伏線:前教皇の「8手先」
最後に、映画全体を包む最大の謎について触れておきましょう。 それは、亡くなった前教皇の意図です。
映画を観ている間、私たちは「教皇が死んで現場は大混乱だ!」と思っています。しかし、最後まで観ると、ある一つの疑念が浮かび上がります。
「これらは全て、前教皇が仕組んだ盤上だったのではないか?」
- 壁に隠された報告書: トランブレイ枢機卿の不正を暴く報告書は、ローレンスが「探せば見つかる場所(しかし簡単には見つからない場所)」に隠されていました。
- ベニテスの招集: 誰も知らない「切り札」であるベニテス枢機卿を、死の直前にイン・ペクトレ(胸中の指名)で任命し、コンクラーベに参加できるように手配していたこと。
ローレンスは劇中で「教皇はチェスの名手で、常に8手先を読んでいた」と語っています。 前教皇は、自分の死後に教会が腐敗した野心家たち(トランブレイやテデスコ)に乗っ取られることを予期していたのでしょう。
だからこそ、あえて混乱を引き起こし、膿(うみ)を出し切らせ、ローレンスという実直な審判役に真実を見つけさせ、最終的に「最もふさわしい後継者(ベニテス)」へとバトンが渡るように、自らの死さえも「一着の手」として利用したのではないでしょうか。
もしそうなら、私たちが目撃したのは選挙という名の「茶番」ではなく、神に近づいた男による壮大な「詰め将棋」だったのかもしれません。
まとめ
- 緑の薬: 信仰では拭えない現代的なストレスと、真実を知ってしまった者の自責の念。
- 亀: 硬直した男社会(バチカン)からの解放と、流動的な未来への希望。
- シスター・アグネス: 傲慢な権力者が見落とした「真実の目撃者」。
映画『教皇選挙』は、メインのストーリーライン(誰が教皇になるか?)だけでも十分に面白いサスペンスですが、こうした細部の演出に目を向けると、監督が描きたかった「教会の変革」や「多様性」というテーマがより鮮明に浮かび上がってきます。
外の世界では爆発音が響き、戦争が起きています。 コンクラーベという「閉ざされた部屋」の出来事は、世界から見れば小さなことかもしれません。しかし、その小さな部屋の中で、亀が水に放たれ、女性が声を上げ、境界線を持たない者が王に選ばれた。
この静かな革命の意味を知った上で、ぜひもう一度、この映画を見返してみてください。きっと初回とは全く違う「景色」が見えてくるはずです。
赤い服に白いズボンと白い傘のシーンなども色々妄想してしまいます!


コメント
亀は神話における守護神メルクリウス(両性具有の象徴)のメタファーだと思います。
非常に興味深いコメントありがとうございます。 神話的な文脈から「亀」を解釈する視点は鋭いですね。教皇名との関わりからもメルクリウスとの関連性を踏まえるとまさにその通りな気がします。ありがとうございます!