第一志望に落ちた人。 もしくは現実を拾いにいった君へ。
後期も含めたほぼすべての入試結果も分かり、次行く先が決まった頃でしょうか。とりあえず、本当にお疲れ様です。
この記事では、第一志望へ入れなかった人へ向けて、同じ経験をして現在大学3年になった僕が、どうしても伝えたいことを話します。
【自己開示】絶望と、気持ち悪いほどの「客観視」
高校卒業後の春休み。僕はこの空白時期、駿台予備校への進学が決まっていました。プレースメントテストというクラス分け試験を前にしていた時期です。
ただ、浪人多めの高校だったことや、どこか吹っ切れていた事もあり不思議と絶望感はありませんでした。むしろ少年漫画で言う「修行編」の突入であり、この挫折を経て高みへ上るんだという、前向きな希望に満ちていました。
本当に絶望したのは浪人の11月です。
人生で初めて、悔しくて号泣しました。
ただ、その時も「こんなに泣くってことは、本気で打ち込めていたのかぁ」みたいな客観が入り込んでいて非常に気持ちが悪かったのを覚えています。
その客観があるゆえに「いや、本気で取り組み切れていなかったのでは?」という思考回路にも陥りました。つまり、号泣しながらも「ポーズで泣いているのでは?」という疑問が残り続けたのです。まぁ、ちょっと鬱っぽかったんだと思います。
【自己開示】今の僕を動かしている「強迫観念」
そんで、僕は割と「第1志望に入れなかった人が多め」な、とある国立大学の理系学生へと変身します。
大学ではそれなりに楽しみましたが、「何かを成しえなきゃ」という強迫観念を常に抱えていました。というか今もあります。そこには挑戦中なのですが、まだ望む結果は得られていません。
あちこち手を付けすぎて力を掛けられていない状態ですが、またしても「もっと頑張れたのではないか?」「いやまだ遅くないぞ」と自分に言い聞かせる事で、日々を過ごしています。
本当はこの書いているブログもより精巧なものにしたいのですが、あちこち手を付けすぎて力を掛けられていない状態です。最近は春休みになったので毎日更新を目指したいのですが。
君の「悔しさの正体」はなんだ?
と、まぁ僕の自己開示をした訳ですが、こんな事はどうでも良いのです。 この記事を読んで下さっている方へ向けたメッセージです。
みなさんは、どんな状況ですか?
- 惜しくも第一志望に落ちた人ですか。
- とにかく全部落ちてしまった人ですか。
- 高みを目指して、賭けに負けて落ちた人ですか。
- それとも、本当に行きたいところを誤魔化して、真の第一志望に挑戦すらしなかった人ですか。
今は、悔しいですか? なら、何に対して悔しいのかを明確にしましょう。
頑張り切って落ちた人へ
いつかその努力が報われるでしょう。あと少しだったなら浪人してみても良いかもしれません。
でも「頑張ったのに大学に落ちた」と心から思えているのなら、今度は「受験ゲーム」みたいなクソゲーはさっさと止めて、「人生ゲーム」のコマを進める事も賢明な選択になると思います。
頑張り切れなかった人へ
僕はこちらだったと思います。まぁ、1500m走って少し経ったら「もっと速く走れたかも」と思うような現象かもしれませんけど。
現実を受け入れて進学を決めた人で、もし「頑張り切れなかった」と後悔しているなら、今度はその熱量を何かにぶつけると良いと思います。出来れば一つの事に。僕は複数にぶつけたので全部中途半端になってしまっています。特に完璧主義な馬鹿なので着手の数も少なくなりがちです。
とにかく、頑張り切れなかった思っている人でもその人なりの頑張りと心労が計り知れない事はよく知っています。
どんだけ時間かかっても良いし、苦しんで立ち止まっても良い。それが数ヶ月、数年経ったとしても何も問題はありません。また、何かに打ち込める力が炭火の様に燃え始めたら、挑戦をしてみるのも良いかと思います。
【おまけ】浪人を決断した人へ
浪人経験者として一つだけ言うとしたら、「意志力ではなく、環境や工夫で乗り切れ」ということです。
意思決定が介在しない環境を作るべきです。その上で、とにかく負荷のかかる勉強をして下さい。時間を圧縮する感じです。模試の集中力の半分でもいいので、だらだらと勉強しない様に。応援してます。
まとめ
夢が見つからない恐怖。
そして見つけたとしても掴めないだろうという無意識の鎖に縛られている。
いつか夢を捨てて、見落としていた現実を拾う時期が来るかもしれない。
ただ、じゃあ何もしないのは嫌だ。少なくともその時までは全力で描き続けたいと思う。じゃないとあの時泣いた自分に顔向けできない。

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