独り言「トイレのウォシュレットが待ち構えていたとき」対処法

序章 独り言「トイレのウォシュレットが待ち構えていたとき」

ただ走っていた。はやる心臓の鼓動を置き去りにして脇目も振らずにとにかく急いでいた。もう限界だった。

「はっはぁっ」

息が上がってきた頃、たどり着いたのは扉の前。僕は目的の戸の前に立つ。

そう、コンビニのトイレだ。後でおにぎりでも買いますよ、という顔をしながらも奥のトイレに向かっていた。まるで「希望の扉」だった。

視線を落とし、見えたのは銀の枠に囲われた青色のマーク。

「良かった空いてるっ」

普段だったら、鍵が開いていても一応ノックをするが今日だけはしなかった。いやする余裕がなかった。

ちなみに「希望の扉」つまり「トイレの扉」の事だが、その前にたどり着いてから中の使用の有無を確認し、ドアノブに手をかけるまでわずか0.2秒。

扉を開き、目に飛び込んできたのは地獄絵図であった。あぁ、だから空いていたのかと思った。

「汚すぎる」

ここは先進国日本ではなくて、どこかの国のスラム街なのではないかと思った。

ただもう引き返すことは出来ないところまで来てしまっていた。もう洋式である利点が無くなった汚便器の蓋を開けると、そこにはスタンバイ済みのウォシュレットが佇んでいた。

水が出る様子はなかったが、そびえ突き出ていたウォシュレットを見るに、いつブシャ―と水がスプラッシュしてもおかしくない。むしろ今たまたまスプラッシュしていないだけで耐えれている状態とすら思えてくる。ちょっとした刺激を与えるだけで崩れてしまいそうなバランスで立っている積み石を彷彿とさせる。

トイレへ駆け込む焦りは”大”から来るものではなかった。”小”から来るものであった。ので、このとき洋式トイレを引いてしまったことは外れと化す。

もう便座に座るという事は不可能であった。立ってする飛び散りを考慮したところで手遅れな程の惨状であったからだ。つまり、ウォシュレットスタンバイ状態に対面したまま小をする状況である。いつスプラッシュしてくるとも限らない。

これは”久方ぶりに感じた恐怖”であった。

あれは幼稚園生の頃、少しの物心がつき一人でお店のトイレに入った時の事だ。(回想シーン)何の好奇心かトイレの横に付いているボタンに目を奪われていた。多分三つくらい大きなボタンがあったと思う。男の子だ。ボタンがあったら押さざるを得ない生態の男児を前に3つのボタンがあったら押してしまうに決まっている。僕は真ん中を押した。そうウォシュレット発動だ。一番手前を押していれば「止まれ」だからウォシュレットは発動していなかったかもしれない。だが、一つ目のボタンを一番手前にしていたところで、別の世界線へ行くことはなかっただろう。そう3っつどのボタンを押しても結局は一つの世界線に収束する。あの何も知らない馬鹿面の坊主はどのみち全てのボタンを押すつもりだったのだ。遅かれ早かれ、スプラッシュする運命であっただろう。

トイレの中からウィーンという音とともに伸び出る砲台。哀れなサルは当然覗き込んでしまう。

そして勢いよく放たれる水を僕は強烈に顔面に受けてしまった。

それからのことはよく覚えていない。今でもどうやって乗り切ったのかは不明だ。思い出そうにも思い出すことは出来ない。これからも記憶の奥底に眠っていく事だろう。

そのときをフラッシュバックしていた。忘れていた、いや忘れるように努めていた”恐怖”だった。

しかも今回は明確に汚いものと分かっている。

ディズニーで出てくる水を避けるあれ(ディズニーシー:アリエル・プレイグラウンド)みたいな心持で致すことに。いつ来ても避ける準備をしながら恐怖に立ち向かい、結果的には無事に任務を遂げることが出来た。その達成感たるや危うく手を洗うのを忘れるところであった程だ。

長くなりましたが、トイレは綺麗に使うべきですよね。

本題 ウォシュレットが待ち構えていた時の対処法

トイレのウォシュレットが待ち構えた時は、冷静に止まれのボタンを押すことで元に戻る事があります。もしくはきちんと座り直し、一度ウォシュレットのボタンを押してからすぐに止まれを押すことで元の位置に戻すことが出来ます。

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